HMJ オリジナル 【医学教育に関する討論】

II.研修の評価システム

【医学教育に関する討論】
I. 医学部の大学院化
II.研修の評価システム
III.Medical Ethics, 損害賠償保険
IV.病理におけるquality management
V.医師免許、研修医の身分、研修制度



医学教育に関する討論
II.研修の評価システム

名越:
医学部の大学院化に関する討論はこれくらいにして次の話題にいきたいと思います。
次の話題は淘汰あるいは評価システムについてです。米国の医学教育では評価の対象 になるのは学生、レジデントに限りません。教官、研修プログラム、医学校そのもの も評価の対象になります。学生やレジデントから評価の低い教官はポジションを失う 可能性があるし、認定医のboard examの合格率の悪いプログラムは認定を失う可能性 があります。医学校にしても認定を失うことがないとはいえません。教授職にしても こちらでは終身職になる前に何年かの観察期間がありその間に業績の上がらない教授 は職を失います。常に評価、批判の対象になることにより自分たちの権威を保とうと しているのです。文化の違いからでしょうか日本にはこのシステムはありません。日 本では教授職は最初から終身職ですし学会の認定医制度は単なる学会の金集めの道具 にすぎません。しかしながら医学教育の改善を考える上でこれくらい効果的なシステ ムはないのではないかと私は思います。
日米の医学教育の根本的な違いは教える側も常に評価の対象になっていることです。
教えることに熱心でない教官、プログラムは結果的に淘汰されます。従ってattending physician指導医はレジデント、医学生を教えることに非常に熱意を持っています。ま た、シニアレジデントも年数が上がるに従ってレクチャーをする機会が増え教える能 力も評価されるようになります。教える側をレベルアップするにはどうすればよいか いくつかポイントを上げてみました。

1.教育専従のポストの確立:米国ではresearch professor, clinical professorな どという分け方がありますが一つのDepartmentのなかに何人もProfessorの肩書きを持 つ人がいて役割を分担しています。また、clinical instructorという肩書きもありま す。日本のシステムでは研究、診療の実績は評価されますが、教育については正当な 評価がされているとは思えません。教育についての実績が人事に反映されるようなシ ステムを考えねばならないでしょう。
2.評価システムの確立:教育の質向上と学校、プログラム間の格差の是正すなわち 標準化のためには評価システムの確立が必須です。しかしながら教育が機能している かを評価するのはなかなか難しいことです。例えば米国では医師免許の全国共通試験 (USLME)が3段階あるので、どこのプログラム、学校が全国平均と比べてどの教科が勝 っているかあるいは劣っているかなど一目瞭然に数字で現れてきます。研修医の場合 も毎年認定医試験と同じ試験を受験するように義務づけられており個々の到達度の指 標になります。認定医試験の合格率の悪いプログラムは改善の診られない場合プログ ラムそのものの存続が危うくなるので教育熱心にならざるを得ないわけです。個々の 教官とプログラムの評価には学生や研修医による評価制度も取り入れるべきでしょ う。教える側にしても自分の授業や臨床指導がよく理解されているかどういった印象 を持たれているか知ることは改善のために意味のあることだと思います。その場合評 価する側の匿名は守られなければならないでしょう。よほどひどい教官でなければ降 格とか処罰の対象になることはないと思いますが。
3.教える能力、意欲を研修の評価項目に加える:米国ではclinical fellow, senior residentが回診やレクチャーで下の者を教えるのは当たり前のことです。人に教える にはより高度の知識と理解が必要で自分にとっても勉強に励む動機になります。研修 医は卒後今度は教える側になるわけですから当然教えるということについて評価され るべきでしょう。
中西@Dana-Farber:
たしかにアメリカの研修システムはすぐれており、日本のそれはかなり適当な ものになると思います。
ただ、アメリカは多くの教育者と多くの医師がいるためそれが可能なのでしょう。 そのため、日本の倍近い医師と何倍にも及ぶ医療費がかけられていることを忘れては なりません。
上級の医者が研修医を教える余裕を持つために、日本とは比べものにならない 医師、コメディカル、そのための金が使われているのではないでしょうか。
もちろん、それは日本とは比較にならない高額な医療費に回されているのでは? 日本ではアメリカと同じ事を実行するには、医師の数も予算(つまり医療費) もあまりに少ないものです。
少ない予算と限られた医師数で、最終的には優秀な医師を生み出してきた日本の システムも決して悪いものではないと思います。医療レベルはアメリカとそれほど 変わらないし、医療過誤も日本の方が少ないという印象ですがいかがでしょう。

Koji Nakanishi, MD Dana-Farber Cancer Institute Pediatric Oncology

岡田@元BWH、現大阪医科大学
>2.評価システムの確立:教育の質向上と学校、プログラム間の格差の是正すなわち 標準
現在日本の医学部・医科大はこれまでの医学・医療教育を改善する観点から、厚生労 働省、文部科学省主導で改革が計られようとしており、大変な過渡期を迎えておりま す。いくつかの問題がありますが、このうち医学・医療教育に関するものは平成16年 度導入が策定されております臨床研修必修化と平成14年度からのコア・カリキュラム 導入です。
後者は卒前教育ですが、まさに名越先生のおっしゃる米国流教育のよい部分を導入し ようとする試みのようです。現在の米国流コア・カリキュラムとそっくりのカリキュ ラムに移行し、ステップ1に相当する共用試験が平成16年度の終わり頃に予定されて います。この中で教官の評価システムも取り上げられています。以下のサイトで読む ことが出来ますので、ぜひ御覧下さい。
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/13/03/010331.htm
確かに中西先生のご指摘の人手不足、予算不足が非常に大きな障害です。しかし米国 の教育システムを導入することに決まってしまいました。やりようによっては教育効 率が上がる部分もあるように思っています。先生方の活発な議論をお聞かせくださ い。

大阪医科大学第二病理学教室 岡田 仁克

荻本:
1.の教育(専従)ポストは「教育にもっとマンパワーを」ということで、ぜひそうなっ て欲しいところです。この場合、その教員が教育担当者として適しているかどうか、 2.3.の評価をきちんとする必要があります。
2.の評価システムはスクールやレジデンシープログラム全体、およびそれらの要素と なるクラスやコース(単位認定の個別の教科)など外部の基準で評価できるもの(2-1.) と、クラスやコースを担当する教員のように教育を受ける側(学生等)による評価が必 要なもの(2-2.)とがあると思います。
2-1.は従来国試合格率以外の物差しがありませんでしたが、コアカリキュラムや国試 問題のプール制、さらにいわゆるstep1試験(注1)が整備されていくうちに評価のため のデータは蓄積されることになります。これを厚生労働省や文部科学省任せにせずに 関連学会や医師会などが協力して評価する仕組みを作れるかどうかが鍵になるのでは ないでしょうか。コアカリキュラム(現行よりも改善されたもの)を織り込んで各大学 のカリキュラムが作成され、これを外部の委員会がapproveすることで教育内容の評価 をし、国試や共用試験のtotal及び領域ごとの成績で教育効果の評価ができることにな ります。臨床研修プログラムについては今のところ終了時の共通評価が無いようなの で、専門医認定状況等(特に「内科」「外科」等の広領域の)によって評価することに なるのでしょうか。
注1は、「臨床実習開始前の(学制評価のための)共用試験」(文部科学省の研究班名に よる)とか「大学共用試験システム」等と呼ばれていて、Computer Based Testing(CBT)で知識を、OSCEで技能・態度を評価するもので2005年頃から実施される 方向。ほぼ全大学(医学部)が参加の意向を示しているそうです。(以上、日本医事新 報)
2-2.は、私の経験した例では、レターサイズ1枚で各instructorについて10から 20items(AV機器の有効利用なども含む)のGradingによる評価と自由記述の評価を書か されました。当然無記名です。記入中は評価対象当人は室外に出て、記入済みの questionnaireは学生が取りまとめて担当オフィスに持っていくなど、instructorが評 価に介入しないように配慮されていました。結果は集計されて公開され、次の学期の class選択時に参照できるようになっていました。これなどは比較的容易に導入できる と思います。学期開始時には受講希望者の少ない(評価のためばかりでないのでしょう が)instructorから時間割りの変更にも応じるから誰か受講してくれと勧誘のe-mailも 流れていました。
3.は2-2.と同様にしてcross evaluationを行えると思います。
4.として、名越先生がお嘆きの学会認定医についても複数学会間で協力して改善の検 討を開始したと報道されていました。情報源、具体的内容は思い出せませんが、直接 患者さんにふれる臨床の学会としてはそれなりに切実に考えているらしいと評価して います。いずれにしても、医師の養成課程を文科省と厚労省に継ぎ接ぎの企画を任せ るのではなく、各専門学会と専門横断の医師集団とであるべき医師像を提示して、両 省及び国民に協力を求められる様になることが望ましいと思います。このような過程 で、日本の社会としてはどの様な医師を持とうとするのか、その時中西先生ご指摘の コストをどこまでかけるのかなども議論できるのではないでしょうか。 各所で岡田先生と重複しますが、ご容赦ください。
Ogino@Pathology,University of Pennsylvania

I read discussion on medical education in Japan and the US with particular interest.I essentially agree with Dr. Nagoshi and Dr. Ogimoto. I believe that mistakes inmedicine are much more common in Japan than in the US. In the US, patients frequently sue hospitals and doctors, while lawsuits are just a tip of iceberg in Japan.

I have only one-year experience of postgraduate pathology training in Japan compared to 6 year experience of pathology training in the US (in three different hospitalsfrom a community hospital to academic university hospitals). I would like to share with you my opinion based on my experience.

Rather establishing positions dedicated only to teaching, it is important to incorporate teaching into evaluation. In the US, a single doctor is signing out, teaching and doing research in an academic setting. I do not think anyone is just dedicated to teaching, clinical service or research, in this setting. I have been asked to write evaluation letters on attending doctors when they were considered forpromotion to higher positions. I have been asked to evaluate each attending doctor when I finished each rotation as well. Since attending doctors were well taught by their seniors, they are in general very enthusiastic on teaching as well. As Dr.Nagoshi pointed out, as a resident and fellow, I have been evaluated regarding my teaching ability, too. If you are not good at teaching, it is usually hard to stay in an academic position. In the Univ of Pennsylvania (UPenn), a pathology resident has to do a hour-long lecture every three months or so. These talks are highly attended. Residents almost always prepare for this lecture very well, and even attending doctors learn from residents. I have been amazed by high quality of residency in the UPenn. In my opinion, residency training in pathology is overall far better in the US than in Japan. There are some minor drawbacks in the US. For example, Board Examinations. I experienced Board Exam in Pathology. I have to remember so many things in so many different fields that you cannot use most knowledge in the future. I studied surgical pathology (from head to toe), cytopathology, forensic pathology, pediatric pathology, etc, in anatomic pathology and clinical chemistry, immunology, hematology, microbiology, molecular diagnostics, genetics, laboratory management, etc, in clinical pathology. I wasted hours and days for this exam!!! Everyone is complaining of this situation. But no change has been done, because people do not care once they passed it. There is no re-examination to keep Board-Certified status in the future. It is very good for me. I think similar situations in many other specific fields, like internal medicine. I heard that it is hard to pass the Board Exam in internal medicine.

Shuji Ogino, M.D., Ph.D. Dept. of Pathology and Laboratory Medicine University of Pennsylvania

名越:
中西先生、岡田先生、荻本先生、Ogino先生ご意見ありがとうございました。私の日本 の医学教育の現状認識はほぼ7年前で止まってしまっているのでやっと日本でも制度 の改善に動き出したことを聞いて少しほっとしています。荻本先生も言っておられる ように厚生労働省にまかせきりにせず臨床医学会や現役の医師たちが積極的に動いて 新しい流れをつくってほしいものです。近年の医学教育改善が叫ばれるようになった 背景にはやはり新聞等で医療事故、訴訟の記事が以前よりも大きく頻繁に扱われるよ うになったからに他なりません。裏を返せば以前は病院が事実関係を隠したり、弱い 立場にある患者側が泣き寝入りして表に出てこなかった事故が患者側の情報が飛躍的 に増加したことにより徐々に表に出てくるようになったということでしょう。日本が 米国のような訴訟大国になるとは思えませんが、レセプトカルテの開示に対する現役 医師の認識をみれば日本の医療制度が欧米より20年は遅れているのは否めません。 中西先生のおっっしゃるように現行の医学教育制度でも欧米に劣らない優秀な臨床医 は育つかもしれません。しかしながら研修医がどの病院に勤務するかで大き なバラつきができます。私が米国の研修制度がベターと思うのは米国内のどのプログ ラムで研修しても結果的に水準以上の臨床医が一定の年限で養成されることです。そ の過程で臨床医として問題のある者は排除されてゆきます。

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III.Medical Ethics, 損害賠償保険
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