HMJ オリジナル 【医学教育に関する討論】

I. 医学部の大学院化

【医学教育に関する討論】
I. 医学部の大学院化
II.研修の評価システム
III.Medical Ethics, 損害賠償保険
IV.病理におけるquality management
V.医師免許、研修医の身分、研修制度



医学教育に関する討論
I. 医学部の大学院化


名越@SEMC:
第一回目の話題は医学部制度についてです。日本では医学部は6年制で高校卒業後直 接はいることができます。アメリカでは医学部教育は大部分大学院教育で4年制大学 の卒業後入学します。Boston Universityには珍しく7年制の医学部コースがあり高卒 で入学できますが例外的なものです。医学生の多くは大卒後一般企業や研究室に勤め て入学時には社会人としての修練を積んでいます。医学部の入試にしてもMCATという 統一試験の他に面接があり面接が非常に重要視されます。また、推薦状が非常に重要 視されます。私は全面的に日本の制度も大学院教育化する事に賛成です。理由は簡単 です。医師にはある程度の適性、医師になるという目的意識、社会人としての自覚が 必要だからです。アメリカの医学部には留年はありません。自分から進んで研究室に はいるため中断する事は認められますが単位を決められた期間内に修得できなければ 退学になります。授業出席も義務づけられており欠席を繰り返す学生は即刻退学にな ります。学生は日本でもそういった厳しさが求められる時代になってきているのでは ないでしょうか?

Makoto Nagoshi, MD, PhD
Anesthesiology Resident
St. Elizabeth's Medical Center of Boston

荻本@元BU-SPH:
一年間 School of Public Health で学生生活して垣間見たアメリカの医学教育と日本 に帰 って担当している医学教育の中の手薄な部分を見比べて、何とかよい方向に持ってい けれ ばと思っています。
多くの方はご存じと思いますが、文部科学省も厚生労働省もすでに動いていて、コア カリ キュラムの策定公表、いわゆるStep 1相当の試験の施行準備、臨床研修の義務化の期 限確 定までは済んでいます。臨床研修に関しては名越先生に全く賛成ですが、これまで欧 米諸 国から輸入した多くの社会制度のように名前だけで中身は全くの「日本版」にならな いこ とを祈っている次第です。
今回の主題の学制については、私は大学院教育に移行する必要はないと思います。理 由 は、
1.米国の大学院型が必ずしも主流ではなく、英国でも17歳以上入学で、ただしmedical school 卒業時(5年後?)はBachelor of Medicineを授与されpracticeに従事する。
2.就学期間が長いことによる学費負担が大きいこと。(個人的負担)
3.医療費の総額が医師の数と相関することと?による単価の上昇で大幅に医療費が増加 する 可能性がある(社会的負担)ことから、学部教育の改善で目的を達成できればそれに越 した ことはない。
4.学部教育が改善できないのなら、大学院になっただけでは「教育」機能の改善は期 待で きない。
5.大学院型であることによる入学者の質に対抗するためには、入学者選抜方法の改善 によ る方が本質的であること。
6.日本の社会でも就社(就組織)式の就労構造がすでに壊れていて、医師も卒業後の再 学 習、他職種からの社会人入学等5.の問題を含めて、学部・大学院ともに機能が変化す るこ とが期待できる。
等です。
このような話題では日本からの発言も増えて管理の負担をさらに大きくしてしまうと 思い ますが、日本の医学教育が後を追おうとしている米国で現在卒前・卒後の教育を受け てい る方、また教育する立場にある方からの情報・提案・叱咤激励を歓迎いたします。積 極的 な学生諸氏とそれに呼応する教員による複数のフォーラムがすでに活動されています が、 それほど熱くない立場からの発言もよい意味での「日本版」医学教育のレベルを底上 げす る上で役に立つのではないかと思っています。
早速質問ですが、少人数グループでの教育が主流である一方で一学年の定員はむしろ 日本 より大きいようにも聞いています。特に基礎医学領域での学習や評価の方法はどの様 にし ているのでしょうか。100人からの教室を相手に、あれもしてやりたいこれもしてやり たい と思っている身には大変興味があります。

久留米大学医学部
公衆衛生学講座
荻本逸郎

松崎@元MGH:
先月帰国したばかりなのですが、徳島大学医学部でもやっとチュートリアル教育が始 まり、クリニカルクラークシップも8月末から始まります。また、文部省も医学部へ の学士入学を推奨するなど将来的にアメリカ型のMedical Schoolへの移行を考えてい るのではないかと思います。
身近なところでは、現在進行中の大学院大学の選別、平成15年度からの卒後研修の義 務化、平成16年度の国立大学の独立行政法人化と、次々に医学部をとりまく環境が変 わっていきます。
今後すべきことは教育/研修の整備に加えて、USAの様に医療人と医学研究者をはっき りとわけていくことと思います。これまでのような大学の臨床研究医学教室の中堅〜 指導者が、学生教育、研修医教育、診療、臨床研究、基礎研究の全てを行うのでは、 国際的に見てレベルの高い教育や研究をするのは困難であると言わざるを得ません。 これからのシステムの移行期間は、教育/研修・研究・臨床の仕事のそれぞれの負担 が増し、大学の医師には大変な時代がくると思いますが、いずれは施設内、施設間の 役割分担が進んでいき日本の医学部(更には大学)全体のシステムが整理されていく と思います。
本題の医学部の在り方として、私は名越先生のご意見に全く賛成で、医師(あるいは 研究者)になるという目的意識が最も重要な要素だと思います。その意味で、高校卒 業時に医学部に入るよりは、大卒か、2年程度の大学での単位取得後、医学部に入る のがいいと思っています。
医師が増え、研修医から見れば年上の医師が増えたせいでしょうか、自分の意見をい える元気のいい若い医師が最近少ないように感じます。これが気のせいでなければい いんですが。
医学部教育の改革、研修医義務化から始まる医学部・医学教育の変革は、まだ始まっ たばかりですが、大学の在り方を含めてこれから多くが変わっていくことは確実だと 思います。移行期に生きる者として、この変化の流れを採り入れ、自己の責任を果た したいと思います。

--
松崎利也
徳島大学医学部産科婦人科

粂@タフツ医学部:
医学部の大学院化の方向には賛成です。ただし、否定的な面もあり、国公立の一部で はよくても、私立単科医科大学の場合、どんな感じになるのか、ちょっと予測がつき ません。単に、A医科大学が、A大学+A医科大学院の4+4、中高一貫ならぬ、大 大一貫教育になるだけという気もしますので、これらは、例外として残すのが適当で しょうかね・・・ また高校生の成熟度を考えると、日本とアメリカは、かなり違う気がしますね。アメ リカの子たちの方が、自立して(自立させられて)いる印象です。そういう意味で、 大学院化は日本の方により向いている気もします。 また、財務省・厚労省などが、大学院化を狙っている理由の一つは、医師過剰時代と いう認識のもと、医師の数を減らすためだと理解していましたので、荻本先生が5. にあげているのは、逆なのかなと思いました。 医学部の講義ですが、以前も紹介した、赤津晴子さんの著書「アメリカの医学教育」 が参考になります。それによれば、アメリカでも昔は、講義方式が主流だったが、今 は「学生主導型グループ学習法」へどんどん移行しているようで、その流れのトップ がハーバードだそうです。私のいるタフツでも、講義はありますが、少人数グループ のゼミ形式の部分がかなり多く、その分、教える側に負担もかかるので、ポスドク も、 TAとしてかり出されます。

Kazuhiko Kume, MD, PhD
Department of Neuroscience
Tufts University School of Medicine

大口@BU:
名越先生のおっしゃる医学部の大学院化には、賛成する部分もありますが、現在進め られてる、国立大学の独立法人化と考えあわせると、不安感の方を強く持っておりま す。
賛成する部分としては、優れた医学系研究者を育成するためには、ぜひとも必要と思 います。学部教育の充実だけでは、とても、研究者の育成までは手が回らないと考え ます。私の同級生である柳沢正史も、少し前に、そのようなことをチャンネル2で 言っていました。
不安感と申しますのは、日本を、アメリカのような、お金を基準とした階層化社会に 移行させる、きっかけの一つにならないか、という点です。(現在、首都圏を中心 に、日本でも階層化が少しずつ進んでいることは、皆様もご存じのことと思いま す。)大学が、独立法人化されれば、理科系を中心に(医学部は当然)授業料は値上 がりすることと思います。さらに、医学部が大学院化されると、基本的にお金持ちだ けが、医者になるという構図に移行しないでしょうか。社会人も入学できる、とおっ しゃるかもしれませんが、4年間の学費・生活費を稼ぐのは、並大抵ではないと思い ます。
以前にも、アメリカでは貧乏人は大学に行けない、ということを本で読んだのです が、最近もインターネットディベートで次のような投書を読んだばかりです。
「大学の自由化が進んだアメリカでは、実際お金持ちや教育熱心な家庭環境にいる 者、或いは才能がないと良い大学や高収入の約束された学部に入るのは難しい状態が あります。奨学金は確かに充実してはいるものの、実はそれを勝ち取るには情報が必 要で、自然、それを沢山持っている上流階級に有利なしくみになっています。確かに 家庭の収 入によって奨学金交付が決まるものの、その裏道もかなりあって、結局その「裏情 報」を持つ上層階級が得するのですね。自由化が進むと、裏情報が幅をきかせるので 不透明な部分が増大し、それに通暁した「貴族階級」が産まれ、存続していきます。 アメリカは透明な社会である、と日本では言われますが、このようなシステム運用部 分ではかなりダーティな所があります。
この辺のことは、私にはさっぱりわかりませんので、実際にアメリカで臨床をなさっ ている方に教えていただきたいと思っています。また、医療保険にランクがあるよう に、医師にもランクがあって、よい医療保険に入っていないと、レベルの高い医療を 受けられないと聞いたのですが、これは本当ですか?(映画「恋愛小説家」でも、そ のようなことを示唆する場面がありましたよね。)アメリカのシステムを、そのまま 日本に導入するのは、結構危険かもしれない、と最近思いはじめています。
また、医師に必要な適正・目的意識・社会人の自覚とは、特別なものなのでしょう か。日々、研修医と接していて思うのは、これは、大学入学以前の問題では?と思う ことの方が多いものですから。少なくとも、一度大学を出ると明らかになる、という 類のものではないと思っています。
現在の日本の医学部教育、研修医教育には、まだまだ改善の余地が多いと思います。 大学入学の時点で、少し門戸を広く開けておいても、上記の教育をきちんとすること で、適正を持った人間を選び、育てることは可能ではないでしょうか。 というような理由から、今の時点では、全面的な医学部の大学院化には疑問の方を強 く持っております。
荻本:
前回投稿に貴重なコメントをいただきました先生方、有り難うございます。あまりこ の問題だけで頻繁に発言してもと控えていましたが、大口先生の発言を拝見して前回 の補足を兼ねてもう少し申し述べさせていただきます。 まず、医師になるための教育を受ける年齢以外は多くの点で名越先生、松崎先生、粂 先生と同様に認識しています。帰国直後には米国式の教育システムを高く評価する紹 介記事を大学の雑誌に載せました。ただし、米国の医学教育制度は20世紀初頭の Flexnerの報告に基づいて、レベルの低いmedical collegeを統廃合する便法(?)として 医学以外の領域をカバーできるuniversity内のmedical schoolに改組させたと教えら れました。主に教える側の質の向上が目的のようで、入学者の質について報告書でど の様に述べているかは残念ながら知りません。また、university内でcollegeの形で改 善することが検討されたかどうかも知りません。
教育コストの増加については大口先生が詳しく解説してくださったまさにそのことを 心配していますが、米国でもそこまで情報が差別化しているとは知りませんでした。 前回の要件3.の医療費の問題では、医師数を抑制しても養成単価が高くなると医療費 の抑制効果は低くなることを指摘していますが、教育期間を長くすることは経済的に 弱いものをふるい落とすだけで医師になる者の数を抑える効果は厚生労働省が期待す るほどはないと思います。個人的には、教育を担当する医師(および関連分野の専門 家)を増やすことが教育の質の改善のために必要だと考えるので、医師数を抑制してい る場合ではないのではないかと思っています。これに反して、国立医学部の大学院化 においてみられるように、看板だけ取り替えてスタッフはそのままかどうかすると減 少している例があって、このままでは米国式とは似ても似つかない「日本式」医学大 学院ができるのではと危惧しています。
医学研究については、確かHarvard Medical SchoolのDeanが発言されていたように、 MDだけが診療と掛け持ちでできる時代は終わった(少なくとも生命科学領域は)と思い ます。もちろん、non-MDだけに交代する必要もなく、米国でも英国でも見られるよう に「医師になる教育」を受けない「医学研究」希望者が参入しやすい仕組みにすれば よいだけです。前回要件1.であげた英国の募集要項によると、学部卒業後の医師(英国 では学士ですが、日本の日本語の卒業証書も医学士ではなかったでしょうか)も、 non-MDもともに広く医学系の大学院に入学するのみならず、高校卒業(?17歳)時に臨床 訓練をしない医学研究教育を受けられるようです。松崎先生ご指摘のシステムの変化 の方向の一つではないかと思います。 最後に入学候補者の資質ですが、小泉首相の街頭演説に群がる非有権者の行動を見る につけ粂先生ご指摘の彼我の差を感ずるを禁じ得ず、大口先生同様すべての大学入学 者、さらには社会人予備群全体の問題として憂慮しています。 毎回長くなって恐縮です。
名越:
皆さんいろいろのご意見ありがとうございます。私の日米でのインターン、レジデン トの体験で感じた印象を少しお話したいと思います。率直に言って臨床実習で遭遇し た日米の医学生の印象はおとなと子どもほどの違いがありました。実年齢も当然米国 の方が上ですが、目的意識から来るのでしょうが向上心が旺盛で質問も熱心でした。
下手をするとインターンもたじたじです。医学生をしながら現役の救急隊員として働 いているすごい人もいました。BUの7年制の学生は授業料を親から出してもらってい る者が多いようでしたが大卒の医学生の多くは奨学金で授業料を賄い親から独立して います。医学部に入る前にラボ、一般企業で働いていた人は結構いて元看護婦とか元 弁護士とかいろいろいました。医学生の選抜にあたりそういった経験はポジティブに 働くようです。医学部入学からレジデントを修了してはれて一人前の医師として働け るようになるまで内科で7年、外科で9年が最低かかり、その間身体的にも精神的に もまた経済的にも非常に厳しい環境におかれます。奨学金はレジデントのうちから少 しずつ返済しますが薄給にはかなりこたえるようです。それでも医師をめざす人が多 いのは社会的地位の高さとそれに見合った収入が約束されているからでしょう。
現在の米国のような前半2年で基礎と臨床の一通りの講義を終わらせ、後半2年間を 臨床実習のみとするカリキュラムは学生にとって随分負担の大きいものです。臨床実 習に移行する前にUSMLE step1にパスすることが必須です。step1を受験された方はわ かると思いますがその情報量は膨大なものです。おそらくstep1だけで日本の国家試験 と同じかそれ以上の知識を詰め込むことになります。臨床実習ではレジデントと同じ ように朝5時頃から病院に来て回診の準備をし受け持ち患者を診てカルテを書き採血 を手伝ったり手術の手洗いについたり週に何回かの当直をこなしほとんど日本の研修 医が一年目にやっているのと同じことをしながら講義、プレゼンのdutyをこなしてい ます。そしてローテーションの終わりにはおきまりの試験が間髪入れず待っていま す。かくも厳しい道のりを超えてゆけるのはやはり目的意識の高さによるのではない かと思います。
転じて、私の大学入試の頃日本では理数系の成績優秀者はこぞって東大の理系か国立 の医学部を受験する風潮がありました。不幸にして医学部に入学した後に進路を変え た人も結構いたように思います。つい最近新聞で東大が理科三類をなくして医学部進 学者を入学時から限定しない方針にすることを読みました。結構なことだと思いま す。医学部の大学院化でなくても例えば医学部生の募集を高卒ではなく大学2年以上 修了時にするだけで今までと同じ修了年限で似たような効果が期待できると思いま す。

掲載されている情報は、HMJのメーリング・リストを通じて寄せられたものです。内容についてのご質問等はそれぞれの会員宛てにお願いします。本コーナーに掲載を希望される会員の方、運営委員までご一報を!

【医学教育に関する討論】
I. 医学部の大学院化
II.研修の評価システム
III.Medical Ethics, 損害賠償保険
IV.病理におけるquality management
V.医師免許、研修医の身分、研修制度

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